読書ノート 2007


重力ピエロ

青が散る

ぼくと、ぼくらの夏

半島を出よ


『重力ピエロ』(伊坂幸太郎)

春が二階から落ちてきた。

冒頭から驚かせますが、「春」とは、主人公の泉水(いずみ)の弟です。

たとえば学生だった頃、私が恋人を連れて歩いていると、街中でばったりと春に出会ったことがある。 「弟だよ」と紹介をすると、その彼女は平静を装いつつも、目を輝かせた。あの時の目の色を思い出した。 凍える冬が通り過ぎ、ようやくやってきた春に引き寄せられ、地中から顔を出す蟻もきっと同じ目をしている。 彼らが複眼であっても、憧憬の気持ちは一緒だろう。これは、春に見とれる目、啓蟄の頃の虫の高揚感だ。

「啓蟄」の候ですから。ちなみに、3月6日から春分の日(21日)までが「啓蟄」に当たるようです。
春の気配と、冬の最後の悪あがきの時期なんですね。

「おまえなら何て答えるんだ?『なぜ牛は殺して食べるくせに、人は殺してはいけないんですか?』なんて訊ねられたら」
あいてによるかな。こういう言葉を知ってる?『人間は生きるために食べるべきで、味覚を楽しむために食べてはならない』」
「どうせ、ガンジーの言葉だろ」
「ガンジーだ。よくわかったね」
「そういえば、たいがい当たる」
「まさにそのガンジーの言葉通りだと俺は思うよ。生きるために殺すべきで、楽しみのために殺してはならない。俺ならそう答えるよ」
「納得してもらえるかな」
「小学生くらいなら、きっと分かってもらえるんじゃないかな。高校生くらいの生意気な奴らが大人をバカにするために言ってきたら、ただじゃおかないけど」
「どうする」
「包丁でそいつの指でも切るかな。ごりごりとね。で、『殺されるのは、これよりもっと痛いだろうから、だから駄目なんじゃないの』」

なるほど、回答例の一つですね。
本当に、ガンジーの言葉かどうかを調べてみたところ、合っていました。





『青が散る』(宮本輝)

宮本輝作「青が散る」を読み始めたところです。
電車で読むことにしているので、少しずつしか進みません。

ある日突然夏になった‥‥。
そんな梅雨の明け方で、白い校舎や粘土色のグラウンドや、
巨大な楕円形となってそれらを囲んでいる種々雑多な草や樹は、
まるで自らが内から光を発しているかのように、烈しく輝いていた。

はい、いつも突然に、真夏なるものがやってきます。
今年は7月21日からと決めています。
宝くじよりは確立が高いはずなんですが、どうでしょ?



『ぼくと、ぼくらの夏』(樋口有介)

この前に読んだのがわれわれの時代の青春小説の最高傑作だとすれば‥

今回読んだのは、ちょっと新しい時代のミステリアスな青春小説ですね。

宮本輝氏は大阪を舞台にハラハラドキドキさせながら
時代の余韻を残して終わってしまっていますが
樋口有介氏の場合は東京を舞台にしていますし
一応の完結を急いだようです。

どちらも書いたのはわれわれと同じ年代の人だとすると
時代を超えたところで青春を語るところなど
後者(樋口有介)の方がより刺激的かもしれません。

楽しくて、軽快で、
電車の中で笑いをこらえるのが難しかったのだけれど
悲しい結末で終わるところだけは辛いものです。



『半島を出よ』(村上龍)

カバーの紹介より―

2011年春、9人の北朝鮮の武装コマンドが、開幕ゲーム中の福岡ドームを占拠した。 さらに2時間後に、約五百名の特殊部隊が来襲し、市中心部を制圧。 彼らは北朝鮮の「反乱軍」を名乗った。慌てる日本政府を尻目に、福岡に潜伏する若者たちが動き出す。 国際的孤立を深める日本に起こった奇蹟!話題をさらったベストセラー、ついに文庫化。

いつもの刺激的な龍さんが戻ってきました。分厚い文庫本、2冊ですが、スルスルスル‥と読み終えることができました。

われわれの世界はやはりぬるま湯なんだろうね。大人たちはだれも責任をとろうとしない。そのとき、動き出すのは若者しかいない。 龍さんの論調は少しも変わっていないように思う。



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