読書ノート 2006-3


光る鶴

アキハバラ@DEEP

オシム主義

仕事と年齢にとらわれないイギリスの常識

ツチヤ学部長の弁明

シリウスの道

明治維新

不動心


『光る鶴』(島田荘司)

 石炭という資源は、江戸のころから知られていたが、「燃え石」と呼ばれて薪の代わりにわずかに使用されていたに過ぎない。 木材には遥かに劣る燃料とみなされていた。 黒船が鎖国日本の扉を叩き、強引に押し開いて以降、日本政府は鉄、大砲、石炭、そして植民地政策、そういった黒船の論理を真似て、 猛然と国作りを推進する。食料は米、燃料は石炭、これを国の根幹と位置づけた。 その理由は、米と石炭だけは資源小国日本でも自給できたという事情が大きい。 この国策ゆえに炭鉱は大発展、明治の一時期には石炭は輸出品でさえあり得た。

 芥川龍之介『毛利先生』‥どうしてあの作品を、当時あれほどまでに好きになったのか、理由はもうよくは解らないが、まずは作品に現れたあの時代の東京の、 なんともいえず知的で、貴重な雰囲気に憧れたからであろう。 それからむろん毛利先生の、少し気の毒そうな様子、それでいて毅然とした、しかも自然体の信念に打たれて感動したからだ。 当時いた高校に、似たような英語の先生がいたのだったと思うが、たとえそうでなくても、この短編は好きになったろうと思う。
 毛利先生は、以降の吉敷の好みを決定したようなところがあり、しばらく在学した大学でも、毛利先生を思わせる、ちょっと気弱そうな、 学生への威圧など間違ってもできないふうの、しかし学問態度は真面目で、いつも柔和に微笑んでいるような教授を見知れば、 専攻が違っても講義を聴きにかよったりした。

島田荘司の作品を読むのは初めてである。 推理小説なんだけれど、そんなことはお構いなしで言うと、なんというか、すごく丁寧な文章を書く人だと思った。



『アキハバラ@DEEP』(石田衣良)

もっとも弱気者の手のなかに、未来は宿る。 それはほんの0.5平方キロメートルほどの広さしかないリアルな秋葉原でも、 限界をもたない広大なネットの世界でも同じことだった。

父なるページのいうとおり、どんなこたえを得るにしても、生きることは探し求めることで、よい人生とはよい検索だ。

この作品がドラマ化、映画化されるそうだ。 奪われた「クルーク」(画期的な検索ソフトの名)を取り戻す、最後のシーンは圧巻だ。 どんな風に映像化されるかに、とても興味がある。



『オシム主義』(高部務)

『オシムの言葉』が出たころ、本屋さんで興味深く立ち読みさせてもらいましたが
オシム氏が(期待通り)日本代表チームの監督に就任してからは、読むのを控えてしまいました。
なんだか消化不良というわけで、この本を買ったわけです。

言葉よりも何よりも、彼が述べるような日本的なチームで勝つことが求められています。

そんなわけで、今晩はインド戦を楽しむことにします。



『仕事と年齢にとらわれないイギリスの常識』(井形慶子)

イギリスの大手サッカーー用品メーカーは平日の昼間のW杯テレビ放送に備えて
「ずる休みのための10の方法」をインターネットで発信し話題になった。

「ネコが目覚まし時計を落とした」から
「今、誘拐されている。犯人との交渉がうまくいけば出社する」まで
そこにはあらゆる口実が羅列されていた。

その、あらゆる口実なるものを知りたい、と思いますね。



『ツチヤ学部長の弁明』(土屋賢二)

 とりあえず、というと失礼になるが、作者は本当の大学教授である。しかも、哲学をやっている。 しかし、本書は哲学書ではなく、おふざけ(彼流にいえばパロディ)にすぎない。 かつて、『われ笑う、ゆえにわれあり』とか、『哲学者、かく笑えり』を読んだことがあったので、つい買ってしまった。 私自身の名誉のために言っておくが、二つとも最後まで読んだという記憶はない。 本屋さんで1,2のタイトルの文章を立ち読みすれば、充分、ことは足るはずであるが、 罪のない文章なので、電車通勤の際に読むのは許されるはずである。今回は、何となく最後まで読みそうな気配である。

 ある夏の早朝のことだった。彼の部屋の寮生が、目にしみる、のどが痛い、などの異常を訴えて目を覚ました。 目を覚ますと、部屋は真っ白な煙が充満している。明らかに異常である。廊下をはさんだ向かいの部屋で眠っていた私も 煙と匂いに気づいたほどだ。

 何事が起こったか分からないまま、廊下に出ると、向かいの部屋の寮生が廊下で騒いでいる。 何かが燃えているはずだ。煙の中を調べてみると、燃えているのは久保村氏(仮名)の掛けぶとんであることが分かった。 ふとんは、もうもうと勢いよく煙を出して燃えており、すでに四分の一は焼失している。 煙を通して、残りの四分の三にくるまって久保村氏がすやすやと眠っているのが見えた。

 二つの部屋の美術サークルの人間が全員目を覚ましているのに、ただ一人、久保村氏だけが、 煙を上げて燃えているふとんの中で眠っていたのである。 よほど気持ちよく眠っていたらしく、起こされても、一瞬目を開けた後、また眠りこもうとしたほどだ。

 原因は蚊取り線香の火が燃えうつったらしい。唯一、気になった文章で、タイトルは「神経の太い男」である。 すごい人だと思ったが、興味を持つ必要は、さほど無さそうである。



『シリウスの道』(藤原伊織)

「佑ちゃん、セーターにジーンズ姿も、なかなかカッコいいわね」
「これ、ユニクロで買ったんだ。ユニクロを褒めてやってくれ」

わたしもユニクロ製品の愛用者です。
いつも、ユニクロには感謝しています。

「こんな苦いもの、どうして吸う人がいるわけ?」
「さあな。世間には酔狂な人間が多いんだろ。俺もそのひとりだ」

わたしも喫煙者ですが、近ごろ、随分無粋な世の中になりましたね。
わが職場でも、敷地内では禁煙ということになりそうです。

「あなた、こういう危なっかしいとき、なぜ、そんあに気楽なようすでいられるの」
「それはこっちが訊きたいくらいだけど、おれの癖、教えましょうか」
「教えて」
「弱気のときほど虚勢を張らないとやってけない。部長みたいに自然にふるまえないんです。つまりは情けない男なんでしょう」

わたしの場合も、弱気のときには鉄面皮で通します。
心では泣いています。





『明治維新(集英社 日本の歴史10)』(中村哲)

1871年(明治4)12月、琉球民遭難事件
 琉球の宮古島の島民69名が難破し、台湾東南部のボェヨウ湾に漂着。
 3人が溺死し、牡丹社のパイワン族に54人が殺害されるという事件が起こった。
 日本は、この事件を利用して日中両属の形であった琉球を日本領にする意図をもち、その準備を進めた。

1874年(明治7)5月、台湾出兵
 参議の木戸孝允はこれに反対して辞表を提出した。(征韓に反対し内政を優先するという立場と矛盾させないため)
 陸軍中将西郷従道指揮の兵3600と軍艦は長崎から出発していた。(事後承認する)

1874年(明治7)9月、日清交渉と大久保の論理
 琉球民を「日本国属民」と明記させて、琉球を日本領として、清国に認めさせる足がかりを得た。

1875年(明治8)7月、「琉球処分」
 @清国との朝貢・冊封関係を廃止し、「明治」の年号使用をはじめ政府の布告を守り、法律も日本式に変える
 A藩政改革を行う
 B藩主の上京
 C鎮台分営をおく

1879年(明治12)3月「廃藩置県」
 軍隊400人、警察官160人を率いて、その武力を背景に3月27日、琉球藩を廃して沖縄県を置くことを布告。
 3月31日を限り、首里城を明け渡すことを命じた。
 日本による琉球の併合は最終的に完了し、ここに琉球王国は滅亡した。



『不動心』(松井秀喜)

現在ニューヨーク・ヤンキースで活躍中の松井秀喜氏の著作です。

体の大きさだけは天性のものですが、それ以外は、まったく「努力の人」のようです。
「努力できることが才能である」という言葉をずっと大切にして、それを実行してきました。
素晴らしい成績を挙げているにもかかわらず、まるっきり派手さはなく、(愚鈍なまでに)謙虚で、自分に厳しい人です。
だからこそ、ゴジラ、がんばりや〜、って言ってあげたいと思います。

まもなく、日米通算2000本安打を成し遂げますが、通過点でしかないはずです。



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