読書ノート 2002-4


  1. 海辺のカフカ

  2. ランドリー

  3. 赤緑黒白

  4. 池袋ウェストゲートパーク

  5. 少年計数機

  6. うつくしい子ども

  7. スローグッドバイ

  8. エンジェル

  9. 骨音

  10. 理由

  11. 臨機応答・変問自在2

  12. 十三階段

  13. ふるさとって何ですか

  14. 亡国のイージス

  15. 青の炎

『海辺のカフカ』(村上春樹 新潮社)

駅の近くにあるうどん屋に入って腹ごしらえをする。見わたしてたまたま目についたところに入っただけだ。僕は東京で生まれ育ったから、うどんというものをほとんど食べたことがない。しかしそれは僕がこれまでに食べたどんなうどんともちがっている。腰が強く、新鮮で、だしも香ばしい。値段もびっくりするくらい安い。あまりにもうまかったのでおかわりをする。おかげで久しぶりに満腹になり、幸福な気持ちになる。それから駅前の広場のベンチに座り、晴れ上がった空を見上げる。僕は自由なのだと思う。僕はここにいて、空を流れる雲のようにひとりぼっちで自由なのだ。 

体育館を出ると、バスに乗ってまた駅に戻り、駅の前にある昨日と同じうどん屋に入り、温かいうどんを食べる。時間をかけて食べながら、窓の外を眺める。駅の構内をとてもたくさんの人々が行き来している。みんな思い思いの服を着て、荷物を抱え、せわしく歩き回り、おそらくはそれぞれの目的を持って、どこかに向かっている。僕はそんな人々の姿をじっと見ている。僕はそんな人々の姿をじっと見ている。そして今から百年後のことをふと考える。

「差別されるのがどういうことなのか、それがどれくらい深く人を傷つけるのか、それは差別された人間にしかわからない。痛みというのは個別的なもので、そのあとには個別的な傷口が残る。だから公平さや公正さを求めるという点では、僕だって誰にもひけをとらないと思う。ただね、僕がそれよりも更にうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。T・S・エリオットの言う<うつろな人間たち>だ。その想像力の欠如した部分を、無感覚な藁くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。そしてその無感覚さを、空疎な言葉を並べて、他人に無理に押しつけようとする人間だ。つまり早い話、さっきの二人組みのような人間のことだよ。」 

「さよなら、田村カフカくん」と大島さんは言う。
「さよなら、大島さん」と僕は言う。「そのネクタイはとても素敵だよ」
彼は僕から離れ、僕の顔を見て微笑む。「いつそれを言ってくれるか、ずっと待っていたんだ」

高松が舞台になったので、こんな風なことを記録しておいた。讃岐うどんに触れないわけにはいかないよね。



『ランドリー』(森淳一 メディアファクトリー)

おれは別に優しいわけじゃないんだぜ。
ただおまえが少し気に入ったからよ。
それだけのことだよ。

だが勘違いするなよ。
おれは別に優しいわけじゃないんだぜ。
ただお前ら二人が少し気に入ったからよ。

こんなことをいうのがサリーである。



『赤緑黒白』(森博嗣 講談社ノベルズ)

「あと、闘牛とかは?」
「闘牛? どこで、そんなもんやるん?」
「スペイン」
「どうして、そういういい加減な話ができるん? ススキのように軽く流しているやろ。友だちがいのないやっちゃね。全然真面目に考えてへんな。」
「考えてない」

いつもどおりの錬無と紫子の掛け合いです。
「ススキのように」というところで引っかかったのですが
「きゅうりのように涼しい顔」ってのも気に入っています。(←これは、村上春樹氏)

が、そんなことよりも‥
普段は、犯人もストーリーもあまり考えないのですが、今回は犯人がわかったのです。
それと‥偉大なる紅子さんと保呂草さんの別れのシーンがよかったですね。




『池袋ウェストゲートパーク』(石田衣良 文春文庫)

五月のケヤキは、人間たちにまるで無関心、いきいきと夜も緑。

副都心、サンシャイン60‥くらいしか元々知らないのだけれど、マコトがどう成長していくのかは興味津々ですね。
続編が読みたくなりましたとも。




『少年計数機』(石田衣良 文春文庫)

通り沿いのスズカケノキを見た。毎年はえ替わるの葉は緑だが、幹は排ガスの煤で薄黒くなっている。東京の木はそんなものだ。
秋の初めの夜風がケヤキを揺する音を、しばらく聞いてからうちに帰った。

『池袋ウェストゲートパーク』の続編である。解説の北上次郎氏によると、池袋が書物の登場することはめずらしいそうだ。池袋のイメージが「東京の田舎」ということらしい。

『池袋ウェストゲートパーク』・『少年計数機』(池袋ウェストゲートパークU)と続けたのは、実は、次に『うつくしい子ども』を読みたかったからだ‥。

街路樹であるケヤキがしきりに登場する。どんな木だったかと気になってネットで検索などしてみたが、ついに近所で本物のケヤキに出会った。大きく育って欲しいと願っている。



『うつくしい子ども』(石田衣良 文春文庫)

ぼくは、ぼくに関わったせいでつぎつぎと狙い撃ちされていく友達を、ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。それがどんな気持ちだったか、想像してほしい。それを百倍にするとぼくの気持ちだ。

昼間学校にいるあいだはまだよかった。でも夜ふとんにくるまれるともういけない。ぼくは頭のなかにある黒いスクリーンで、何度も顔の見えない相手を殴り、刺して、首を絞めた。ぼくはその影を殺しに殺した。六十兆の細胞の最後のひとつまで殺しつくす。目の裏に映写される残酷映画は、一度始まると止まらなくなる。誰かの血にまみれて幸せを感じている自分がおかしいんだと気づく頃には、いつも浅い夏の夜は明けているのだった。

「あなたの弟さんのことは一生許せないと思う。でも、毎週お花を供えに来てくれてありがとう。あなたのお花は、誰のものよりこころがこもっていた」 
そういうとその女の人は、静かに泣きだした。セミの鳴き声がスギの木から降ってあたりのお墓に反射している。涙を落とさないように必死でこらえた。だってぼくには泣く資格なんてない。

読み終えたのは深夜でしたが、思わず涙が出てきましたね。当事者の一人となってしまった兄“じゃが”の肉声が語られている‥こんなにも、子どもの心に立ち入った語りは、前作の「渋谷ウェストゲートパーク」から引き継いだもので、見事だと思いました。



『スローグッドバイ』(石田衣良 集英社)

二年ぶりのひとり暮らしが再開して、フミヒロは空っぽの冷蔵庫のように自由だった。

「風のように自由」という表現があるが、確か‥砂漠の民、ベドウィン族のことだったと思う。冷蔵庫の方が楽ですね。

時代の風が冷え込んで、たくさんの人が本を読むひまも、ゆとりもないといいます。でも、こんなときこそ、短編小説を思いだしてください。読む時間も代価もコンパクトだし、ジェットコースターのように物語に煽られて、ぐったり疲れてしまうこともない。巨大な作品世界ではなく、風のそよぎや気分のひとゆらぎだけを、淡く心に残すのが小品の魅力です。短編を読む人は、いつだってゆったりと自分自身でいられるのです。

「風」がふたつ。
いつもよりはゆったりと、寝る前に賞味しました。読後感のさわやかさが残りました。「読み終わったあとで心地よい酔いを残すようなラブストーリーにしたいな」という石田氏の意図に嵌りました。「ローマンホリディ」がよかったなどと言ったら、歳がばれてしまいますか?




『エンジェル』(石田衣良 集英社)

もっともベンチャーキャピタルという言葉より、純一自身は「エンジェル」という呼び名を好んでいた。経営学でいうエンジェルとは白い羽をはやした神の使いではなく、ベンチャー企業の創業時に立ち上がりのための資金=シードマネーを提供し、創業を援助する個人投資家のことである。ベンチャーキャピタルほどは株数を要求せず、絶対的な経営権を確保しようともしない。金は出すが口も欲も(それほどには)出さない個人投資家のことで、ベンチャービジネスの創業者には天使のようにありがたく、日本では天使のように実際に出会うのがむずかしい存在だった。

いきなり、主人公が幽霊になって現れるわけで、面食らいますね。自分の死の真相を探る、という物語ですが、思わぬところに番狂わせがあります。



『骨音』(石田衣良 文芸春秋)

通りすぎる人がみなやわらいで、みずみずしく思える春の夕暮れ。

みずみずしく思えますか‥。

「コカ・コーラのコカってコカの葉っぱの意味なんだ。あのコカインの元になる葉っぱだよ。昔はこのコカコーラのなかにもコカの葉の抽出成分がしっかりはいっていた。中毒性を疑われて、ずいぶんまえにやめちゃたけどさ」

知りませんでした‥。

おれは異様にクリアになった夜明けの意識で考えた。宗教が死に、左翼の社会思想が死に、70年代以降の異議申し立てはことごとく挫折した。もう、現代はこうして意味なく踊り狂うことでしかエクスタシーを共有できない時代なのだ。
レイブの陶酔は確かに強烈だが、どこにもいくあてのない陶酔だった。おれは山のてっぺんで踊りながら、エディの言葉を思いだしていた。世界が変わらないなら、自分が変わるしかない。おれはレイヴカルチャーがやすやすとドラッグに犯されていく理由がわかった気がした。

rave[reiv]‥n., v. たわごと(を言う); わめく (at, against, about); 夢中でしゃべる(こと); [[話]] 激賞(する) (about); (海・風が)荒れ狂う; (特に乗りのいい)パーティーに行く; (一般に) パーティー, どんちゃん騒ぎ.



『理由』(宮部みゆき 朝日文庫)

「それがまぁ、お金持ちほどしわいところはしわいと言うではないですか。それに、砂川家のお父さん−後でお義母さんの舅になる人ですが、この人はそりゃもうけちだったそうだから」

「しわい」という言葉に引っかかったわけですが、残念ながら、ケチという意味以外には意味はなさそうです。

信子は、いつか国語の先生が、人間には「見る」というシンプルな動作はできないのだと言っていたことを思い出した。人間にできるのは、「観察する」「見下す」「評価する」「睨む」「見つめる」など、何かしら意味のある目玉の動かし方だけで、ただ単に「見る」なんてことはできないのだと。実際、みそ汁のおっさんの目玉は信子をとらえて、おっさんにしか意味の判らない何かの活動をしていた。

夜逃げ、占有屋、買受人‥と、庶民レベルのマネーゲームでしょうか。数多くの人々が登場していますが、悲しい家族が多かったですね‥。



『臨機応答・変問自在2』(森博嗣 集英社新書)

やらないでずっと夢見るよりは、やってみて後悔した方が、少なくとも前進である。希望的観測ではあるが、希望的観測がなかったら、人間は月面に立てなかっただろう。「月面に立つことにどんな意味があるのか?」という疑問を凌駕する好奇心が、人にはある。

とりあえず、好奇心だけは、まだあります。

森先生は、歌は得意ですか? なんか、全然想像できないんですけど‥‥。
★めちゃくちゃ得意ですが、謙虚なので人前では一年に一回しか歌いません。すでに、2017年の分まで歌ってしまいました。

わたしの場合は、チャンスはあるんですが、まだ今年の分を歌っていません。2022年までの分を歌っておけば満足なんですが‥。



『十三階段』(高野和明 講談社)

死刑確定囚がいるのは、刑務所ではなく拘置所である。彼らは死刑になって初めて刑を執行されることになるので、それまでは未決囚として拘置所に収監されるのだ。死刑囚たちは末尾にゼロがつく称呼番号を与えられて1ヵ所に集められ、重監視の対象となる。東京拘置所の新四舎二階が死刑囚房舎、通称「ゼロ番区」なのであった。

たいていは刑務所と拘置所は同じ場所にあるなぁ‥とだけ思っていました。
拘置所の役割はとても重いということがわかりました。

のめり込めた分、あっという間に読み終わりましたが、依頼人が意外でした。
元死刑囚は腕時計をしないし、ネクタイをしないというのはとても凄いことですね。

処刑の様子はグリーンマイルとは違っていると思いました。日本の方が残酷な気がします。



『ふるさとって何ですか』(矢口高雄 KTC中央出版)

学校を出て、大人になって。実社会に出て行けばいろいろな価値観が必然的に身についてきますよね。それで、ちょっと名のある仕事をしたからといってチヤホヤされたり、傲慢になったり、ちょっと背伸びをしたり、かっこつけたりというような、さまざまな要素が人間には生まれてくるんですけど、そういうことをきちっとわたしの胸に正してくれる存在としてふるさとがある。ぼくには、ふるさとの思い出、ふるさとの山や川というのはそういう存在なんです。だから、心の支えというのはそういう意味なんですけどね。

『釣りキチ三平』の作者、矢口高雄さんが、ふるさとの秋田県平鹿郡増田町狙半内に戻り、7人の小学生と課外授業でカルタ作りに挑戦します。
道草をすることの意義とともに、山や海で出会った多くの食材のことを思い出していました。
そういえば、「道草をしないようにしよう」なんていう目標を立てたことがありましたね。
わたしのふるさとも、海と山に恵まれた、十分な田舎でしたから‥。

そういうわけで、これからもしばしば、堂々と道草を食いたいと思います。



『亡国のイージス』(福井晴敏 講談社)

カバーより

在日米軍基地で発生した未曾有の惨事。最新のシステム護衛艦「いそかぜ」は、真相をめぐる国家間の策謀にまきこまれ暴走を始める。交わることのない男たちの人生が交錯し、ついに守るべき国の形を見失った楯(イージス)が日本にもたらす恐怖とは。

戦争を忘れた国家がなす術もなく立ち尽すとき、運命の男たちが立ち上がる。自らの誇りと信念を守るために‥‥。すべての日本人に覚醒を促す魂の航路、圧倒的クライマックスへ!

asahi.comより

海上自衛隊のイージス艦「きりしま」(基準排水量7250トン)が16日午前8時55分、インド洋での米軍などへの支援活動のため、海自横須賀基地(神奈川県横須賀市)を出港した。 テロ対策特別措置法に基づく対米支援でのイージス艦派遣は初めて。

「イージス」は、ギリシャ神話の「神の盾」が語源。レーダーは数百キロ先までの200以上の飛行機やミサイルを同時に探知し、速度や飛行距離などを瞬時に把握することができる。 目標の追尾から攻撃も自動制御できるうえ、10以上の目標を同時にミサイルで撃ち落とせる。防空能力は通常の護衛艦の4〜5隻に相当すると言われる。 世界でも米海軍が約60隻、海上自衛隊が4隻、スペイン海軍が1隻しか持っていない。



『青の炎』(貴志祐介 角川文庫)

「割り算に2つの意味があることはわかってるか?」
「さあ‥‥?」
「おまえのクラスに、36人の生徒がいるものとする」
「39人だよ」
「36人とする」
秀一は怖い顔で言った。
「文化祭の準備のため、9つの班に分けることにした。一つの班は何人だ?」
「4人」
「そうだな。36÷9は4‥‥つまり、36を9等分したわけだ。さて、次に時間は、体育でした。野球をします。野球は、1チーム、9人でします。何チームつくれますか?」
「4チーム」
「大正解」
「お兄ちゃん、わたしのこと、すごく馬鹿だと思っているでしょう?」
「そんなことはない。さて、今度も、式で表すと、36÷9=4だよな? でも、今度は、36を9等分しているわけではないだろう?」
「うーん、そうだねぇ‥‥」
遥香は、考え込んだ。
「今度は、36の中に、9が何回あるか、数えてるんだ」
「2番目の意味って?」
「たとえば、5÷1/2=10だけれど、5を2分の1等分するって言ったって、何のことかわからないだろう? でも、5の中に2分の1が何回あるか数えることはできるだろう?」
「あ。そうか」
遥香の顔に理解の色が浮かんだ。

秀一は湘南の高校に通う17歳。分数の割り算の意味を解説して見せた。



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