読書ノート 2002-1


  1. 島津奔る

  2. すべてがFになる

  3. 笑わない数学者

  4. 詩的私的ジャック

  5. 封印再度

  6. 幻惑の死と使途

  7. 数奇にして模型

  8. ひとたびはポプラに臥す

  9. 鳶がクルリと

  10. 朽ちる散る落ちる

「島津奔る」(池宮彰一郎)

われらが国許へ引揚げるのは、敵に背を向けて逃げるのでは無い。逃げては、この敵の中、生きて通える訳はない。われらはこの引揚げで、世に無類なき薩摩の武勇を示す。その働きで薩摩が救われる。その方ら、みごとに薩摩男子の生きよう死に様を、天下に示してくれい。 

天下分け目の戦い、関が原に向かった名将、島津義弘に国許からの援軍は来ない。領主の一大事に(禁を破って)文字通り、薩摩から奔って駆けつけた者を含めて義弘の軍は、ほぼ千だった。負け戦を見定めたあと、生き残った六百余りの兵を率いて敵中突破を図ったのは余りにも有名である。
慶長の役に際して、20万の明・朝鮮軍を相手にわずか7千の兵を率いて敵を殲滅、四散させ、全日本軍の撤退を可能にした「シセンの戦い」も見事である。
死灰復燃、千載一遇、乾坤一擲‥やたらと四字熟語の多い本だった。さすがに大正生まれの気骨のある作家の作品だと感服した。
このあと、この作品を書いた池宮彰一郎氏の「四十七番目の浪士」を読んだ。赤穂への旅の前に読んでおけばよかったと、今更ながら思っている。寺坂吉右衛門の名も、歴史に留めておきたい。




「すべてがFになる」(森博嗣)

「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」犀川は煙草を消しながら言った。
「思い出は良いことばかり、記憶は嫌なことばかりだわ」
「そんなことはないよ。嫌な思い出も、楽しい記憶もある」
「じゃあ、何です?」
「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」 

詳細は別として、すべてがFになることの意味はわかりました。
0000からFFFFまで、16*16*16*16=65536ですね。計算すれば、7年になります。
天才プログラマ、四季博士に近づけるわけはない。だって、わたしは文系人間だから、これが限界です。
それでも、あと9作も続くこのシリーズを読みたいと思うので、これから本屋さんへ行ってきます。
犀川助教授&萌絵さんが新たな事件に挑むのでしょうか?




「笑わない数学者」(森博嗣)

解説「理系って何だろう」(森毅)より

作品の主役の犀川助教授は、いつもコーヒーと煙草を気にしているあたり、ぼくと似ていてつい感情移入してしまう。
ぼくは、禁煙というものを試みたことすらないが、友人の天才数学者は、人間の悪を認識するためと称してときどき禁煙をした。そして、
「煙草を吸わないと数学が考えられなくなる。いままで数学を考えていたのは、ぼくではなくて煙草だったんだな」
と言って、それから笑った。

このシリーズ3作目である。出入り口が2つあることが気になっていたが、なるほど‥でした。
謎解きとは別に、犀川教授と萌絵の2つの異なった「理系」の掛け合いがなぜか、可笑しい。
10作まで進んだときにどう変わっていくのだろうか?




「詩的私的ジャック」(森博嗣)

萌絵は視力が両眼とも2、0だ。子どもの頃はもっと良かったのだが、だんだん近視に近づいて、今では、視力検査のとき一番下の文字がやっと読める程度に悪くなっていた。

犀川は何も考えないことにする。何も考えないというのは、難しい状態だが、できないことではない。練習をすれば、考えないように考えることで、だいたい成功する。彼は、この思考の閉鎖回路を使った。

「煮物のような方ですね、鵜飼さんって」萌絵は小声で言った。こういう相手には、意味のないことを言うに限る。それは、犀川から伝授されたテクニックで、ジョークの燕返しと呼ばれている。
「煮物?煮物ですか?」今度は鵜飼が口を開けた。

改札の前には、修学旅行の制服の学生たちが並んで座っていた。同じ車両でなければ良いが‥‥、と犀川は不安になる。ご婦人の小団体や、中高生の団体と同じ車両に乗り合わせるのは勘弁してもらいたい、と彼は思う。禁煙車というものがあるのなら、禁話車を作ってほしいものだ。煙草の煙と同じくらい、あの騒々しさは健康に悪い。

ジャックで、ナイフを想像したまでは良かった。
可笑しな表現、それ故に気に入っているものなんだが、それを見つけて喜んでいた。
うむむ、面白い。




「封印再度」(森博嗣)

まずは、びっくりだった。10作も続く、このシリーズの5作目で犀川助教授と萌絵が婚姻届?
エイプリル・フールだったとは‥。
でも、萌絵に協力した執事の諏訪野が素敵に感じられた。
あははは‥株が上がりましたね。

「門松の三本の竹はね、長さが七対五対三なんだ」犀川は歩きながら言った。
「七五三ですね?」萌絵がそちらを見ながら言う。
「日本の美は、だいたいその七五三のバランスだ。シンメトリィではない。バランスを崩すところに美がある。もっと崇高なバランスがある」
「たとえば?」
「そうだね‥‥、法隆寺の伽藍配置、それに漢字の森という字もだいたい、三つの木の大きさが七五三だね。東西南北という文字だって、左右対称を全部、微妙に崩している‥‥。最初からまったく対称というのでは駄目なんだ。対称にできるのに、わざとちょと崩す。完璧になれるのに、一部だけ欠けている。その微妙な破壊行為が、より完璧な美を造形するんだよ」

約二万日の人生の記述なんて、CD1枚をいっぱいにすることさえできない。それに、記述しても、記述しなくても、何も変わりはない。

日記を書き始めた途端にこの言葉はないだろう‥‥。
「ただ継続することに価値を見出すなんて、自分も軟弱になったものだ」
この点は一致できる。




「幻惑の死と使途」(森博嗣)

「これに決めた」
「あの、先生‥‥。もう四、五軒、回るつもりなんですけれど」
「その必要はない」
「でも、諸経費を含めたら、百六十万以上になります」
「仕方がない」
「先生、本当に良いのですか?」萌絵は急に心配になった。「左ハンドルですよ」
「構わないよ。これ、エンジンはどれくらい?」
「千三百だと思います」
「じゃあ、今の車と同じだ。どこの車?」
「ルノーですけれど‥‥。あの、先生、もっとよく考えてください。今日はカタログをもらっていきましょう」
「カタログなんていらないよ」
「でも、たとえば、色とかを決めないと」
「色って?」
「車の色ですよ。黄色じゃ駄目でしょう?」
「僕が乗るんだから、ボディの色なんて見えないじゃないか。関係ないよ。別にに黄色でもいい」
「あの、先生‥‥」

そろそろ車を買い換えたいところだ。何色でもいい、という気にさせるところだね。



「数奇にして模型」(森博嗣)

「何の話?」国枝が聞いた。「私、関係ないみたいだから、遠慮しておくわ」
「まあまあ、そう言わずに」大御坊は、まじめな顔で言う。「私は貴女にこそ、見てもらいたいの。深い意味はないけどね」
「不快な意味があるのでは?」国枝が切り返す。
「国枝君」犀川が横から言う。「いつから、そんなテクニックを身につけたんだ?」
「門前の小僧です」国枝が口元を少し上げた。

取り上げるほどのこともないのだが‥、国枝君の名誉のためにもね。



「ひとたびはポプラに臥す」(宮本輝)

日本の殺伐としたシステムと生活にあって、私たちは多くのものを失い続けているが、「静かに深く考える時間、静かに深く感じる時間」の喪失は極めて重要な問題だと思う。
天山南路、西域北道を経て進むシルクーロードの過酷な日々にあって、私は「静かに深く考える時間、静かに深く感じる時間」を通り戻したような気がする。

その言葉に惹かれて読み始めました。

「ロバって、どうしていつもこんなにしょんぼりした顔をしているのかなア」
私はフーミンちゃんが眠っているのに気づかなくて、そう話しかけた。慌てて目を覚ましたフーミンちゃんは、
「五百元デス」
と言った。私がロバ一頭の価格を質問したと錯覚したらしい。
「ロバの寿命は?」
「ワカリマセン。十五年クライカナ‥‥。イマ私ハ自分ノ寿命モワカラナイネ。下痢デ死ニソウ」
「自転車はいくら?」
「五百元」
「ロバと自転車がおなじ値段か‥‥。ロバを買うほうが得やなア。重たい物を運んでくれるし、人間を乗せてくれるし、友だちにもなってくれるしなア」
「ロバ、餌タベル。自転車、ナニモ食ベナイネ」

ただの何気ない表現です。

何気なく菜の花畑の畦道に目をやると、工場廃水の混じった黒い水が流れている。混じった、というよりも、工場廃水そのもののように見える。
「これは大変なことになるぞ」
と私はフーミンちゃんに言った。
「とんでもない公害が、人間の体を無茶苦茶にするぞ。この水は猛毒や」
「大丈夫。蘭州ナンテ、中国大陸ノナカノ小サナホクロデス」
「天安門事件のとき、ケ小平が言ったらしいよね。天安門事件で百万人が死んでも、中国ではたいしたことではないって」

最後の言葉を信じろとは、誰も言っていません。

行けども行けども‥ゴビ、ゴビ、ゴビ。竜巻、竜巻、竜巻。そして、蜃気楼、蜃気楼、蜃気楼。 さらに、決定的な下痢、下痢、下痢が追い討ちをかける。 そこに住んでいる人たちには何でもないことのようですが‥。 いずれにせよ、シルクロードへのあこがれのようなものが吹っ飛んでしまいました。 旅を続けさせたものが何だったのかを知りたくて、読み続けているようなものです。

ふと、御堂筋(大阪のメインストリート)で並木道を見上げてしまいましたが、そこにあったものは銀杏並木でした。



「鳶がクルリと」(ヒキタクニオ)

ドイツ人のブリュックさん、曰く 「日本は亜熱帯の国ですからね。在日ドイツ大使館の職員には熱帯手当が支払われています。日本のビジネスマンは、きっちりとスーツを着て汗一つかいていないのには慣れているとはいえ、日本人との身体構造の違いを感じました。」

「貴奈子ちゃん、悪いけど、トラックの運ちゃんにも一本持っててくれよ。よろしくねって、とびきりの笑顔でな」 勇介は缶ジュースを手渡した。貴奈子は軽いセクハラだと思いながらトラックに向かった。

ヒキタクニオ氏作品。紹介していただき、読んだのですが‥こんな読み方しかできません。

灼熱の日本でのワールドカップに浮かれているせいだと思います。
セクハラは難しい‥。現実では女性は言いたい放題で、男は口を閉ざすばかりです。
次は「凶器の桜」を読む予定です。




「朽ちる散る落ちる」(森博嗣)

「ふぅん、そう‥‥。昨日のことがあったから、みんな、過敏に反応したってことだね」
「どうして、花瓶に?」
「保呂草さんとか殴られたんだよ」
「花瓶で?」
「え? 何? どうして過敏だと殴られんの?」
「小鳥遊が言ったんだよ」
「わからないこと言うなぁ」

「ね、森川君さ、ガールフレンドいないの?」
「え?」森川はちらりと錬無を見た。「なんで?」
「だって、いたらさ、今日のランチタイム・ショーに連れてこられたんじゃない?」
「そうかな」
「あ、もしか、そういうの秘密にする方?」
「そうでもないけど」
「誰か、つきあっている子、いるの?」
「うーん」
「何? うーんって」
「考えている」
「それくらいわかるけど。考えないと出てこないくらい難しいことなわけ?」
「うーん、そうじゃなくて。いるかなって」
「実はもてたりして」
「何を?」
「いやだから、鞄とかじゃなくて」
「鞄?」
「ねぇねぇ、じゃあね。バイクの後ろに女の子乗せたことある?」
「あるよ」
「ほげぇ」錬無は唸る。
「何? ほげぇって?」
「船からね。おっきな槍みたいなの、どーんって撃って、鯨を捕えるやつ」
「あ、そうか」森川は頷いた。
「通じんな、森川」

犀川&萌絵シリーズに比べたら、このVシリーズは可笑しさがとても少ないのだが
この森川君はとても独特で、とっても驚かされる。毎度こんな読み方しかできません‥。
ここにUPする以上に結構本を読んでいるのですが、あははは‥感じるところが少ないのです。
(なお、紫子くんのツッコミについては、毎度のことなので、驚いたりはしません。)




戻る