剣街道・中高野街道 (鶴見〜放出)  

2020年6月28日

歴史街道を歩く2020夏

元々一人で歩いたところなので、真新しいことはなかったというのが正直なところです。参加者は15名ばかりいたし、期待はしていたのですが、少々がっかりでした。 しいて言えば、本日の収穫は、夏の昼間のイベントに参加できたことでした。駐輪場に行ったのも、地下鉄に乗ったのもは久しぶりでした。(5km)



つるぎかいどう碑

隣にある説明が全くいただけないものでした。中高野街道の一部を「剣街道」と呼ぶのは分かりましたが、京街道と狭山市の東高野街道を結ぶというのは、明らかな間違いです。



椿本チェーンがあったところだそうです。




寝屋川を越えました。




寝屋川改修碑

大橋房太郎氏のおかげです。「放出の太閤さん」と呼ばれているそうです。



美保関部屋があったところ。




中高野街道碑




大橋房太郎が眠る正因寺。




六郷修堤碑 (漢文)




漢字かな混じり文のおかげで助かります。




阿遅速雄神社に残る大阪市内唯一のお蔭灯籠




ここでも大橋房太郎が登場します。




信長公記に
「石山本願寺の挙兵に際して、明智光秀・細川藤孝の二人には、大阪の東南、森口と森河内の2ヶ所に砦を造るよう命じた」とあります。守口と森河内(東大阪)のことです。この街道を通ったことを表しているようです。