大阪あるこ〜大阪検定公式テキスト(遠足)の現場を訪ねて(第1弾)

石切劔箭(つるぎや)神社と石切参道商店街コース

2012.12.2




旧生駒トンネル・孔舎衛坂駅跡

昭和39(1964)年、新生駒トンネルの開通に伴い、現在はプラットホームの一部と古いトンネルが残されている。 旧生駒トンネルは長さ3,388m。明治44(1911)年7月、その当時日本一の大工事として着工、大正3(1914)年貫通の広軌複線トンネルであった。





大龍禅寺

黄檗宗の寺で、特色のある伽藍4棟が市の文化財に指定されている。 境内の墓地に上田秋成の世話をしたという正法寺の唯心尼(紫蓮)の墓があるというが、墓の中にみだりに入ってはいけないと言われた。 彼女は当地の出身であり、さらに懐徳堂の運営をした両替商平瀬家の縁者であり、秋成が若い頃懐徳堂に通っていたあたりで、繋がりができたようである。





大龍禅寺の木魚

なるほど魚である。さかなクンならギョギョというところでしょうか?





千手寺

役行者が開基し、空海が中興したと言われている真言宗の名刹。平安時代に戦火で消失し、本尊の千手観音はひとり深野池に飛び入り、後日、光を放っているところを在原業平が 発見して、寺を中興したと当寺の縁起に伝わっているという。観音さんを拝む時に帽子を脱ぎ、次に手袋を脱ごうとした時にデジカメを落としてしまったが、無事で幸いだったという、 どうでもいいようなことを覚えている。





千手寺の境内に横穴式古墳がある。特別な説明はない。





石切参道商店街にある大和屋

奥の和室で昼食をとる。おでんのジャガイモがとても美味しかったこと、肝心のお蕎麦が伸びきっていたことを忘れないと思う。 坂道にある商店街には山ほどのお店があり目移りするので、この店でお土産を買うことにした。よもぎ餅である。わたしは食べない。





食事場所まで追っかけてきた大道芸人の演じるのは、ご存じ「南京玉すだれ」なり。





石切劔箭神社の石切宮

寺で言えば南大門にあたるが、神社は南にこだわらないのではないか?疑問はたいていあとから沸き起こるものである。そういえば、四天王寺の西側にあるのは石の鳥居だからねぇ‥。





屋根の上に劔(つるぎ)と箭(や)があるのが分かる。 古代に軍事を担当した物部氏の二神を祀った寺というから、そのことと関係するのだろうか?ここでも、 疑問はたいていあとから沸き起こるものである。





鳥居の向こうに拝殿が見える

ひとつのカメラアングルと考えたが、それほどのこともないようだ。





石切劔箭神社の拝殿

裏に回ると本殿も見えるし、そこにはちゃんと賽銭箱もある。 なお、写真の左に(一部だけ)見えるのが樹齢約500年の(見事に)立派なクスノキで、市指定文化財である。



「石切」駅は近鉄奈良線の駅であり、大阪市に入ると地下鉄千日前線と並行している。 「新石切」駅は近鉄けいはんな線の駅であり、地下鉄中央線と繋がっていて、相互乗り入れをしている。 「石切」駅からスタートして坂道を下っていくと石切劔箭神社に着き、さらに下ると「新石切」駅にたどり着くことが分かった。 行きは「石切」駅に、帰りは「新石切」駅から帰った次第である。